追憶の向こう側

 

 

1、過去

少し肌寒い。

チョークを引き水冷四発に火を入れる。ゴロゴロという不機嫌なクランクの音で、ニンジャが目を覚ました。

待ち合わせの時間までまだ早い。エンジンが暖まるまで、濃いめのコーヒーをミルクだけ入れて飲んだ。

約束のあの街へ行くのは6年振りだった。

いつもの使いなれたOGKのメットを被り、グローブを着けた。ニンジャに股がりスロットルをパーシャルで煽る。

長いアイドリングはカムかじりの原因になるので、暖気はいつも短めだ。

4-2-1の集合管から水冷独特のくぐもった咆哮 が、 まだ明けきらぬ街に響き渡った。

暖気を兼ねて、ゆっくりと明治通りに走り出た。朝早いせいだろうか、道路はかなり空いている。 

少し遠回りをすることにした。

国道17号線を北上し、外環状に乗り、180キロ程で練馬に向かう。


練馬インターから関越道に乗り長野を目指した。途中、何台かの猛禽類の名前がついた1300や、

最新SSに抜かれたが特にバトルはしなかった。

中央道に乗ったあたりで雲行きが怪しくなってきたが、雨具の持ち合わせもないので気にせずそのまま走った。

季節は秋に入ろうとしていた。

シンプソンのメッシュジャケットでまだ事足りる季節だ。                                      

単調に走っていると、いろいろ事が頭をよぎる。

過去。決して消してはいけない。過去。

5年前の真冬。外にはかなりの雪が降り積もっていた。

私は指先に残った焼香のカスをハンカチで乱暴に拭い取った。

まだ高校生の美香の妹が必死に嗚咽を噛み殺している。                 

私がフッと微笑みかけるとタガが外れたように私の胸に飛び込んできた。                                        

「誰があんな酷い事を!」と妹は泣き崩れた。確かに無残な遺体だった。

頭蓋は真っ二つに割れ、身体のあちこちは獣に食いちぎられた跡があった。

私の仕事中の出来事だった。東京で結婚し、一緒に生活を始めてから僅か半年。                                       

事件は起こった。

東京郊外の山林の中で妻が遺体で見つかったのだ。 全くわけがわからず、呼び出されるまま警察へ行った。                        

血のついた顔面の白布をめくった時、思わず我が目を疑った。

どこから見ても人間に見えない無残な死体が、眼の前に転がっていた。私は放心状態で暫く妻の遺体を見つめていた。                                                               

美香の遺体は長野の実家に運んでもらい、通夜と簡単な葬儀を済ませた。

原因は分からない。              

分かっているのは、いつも笑顔で迎えてくれた妻が、今はもういないということだけだ。

美香を失った翌年、私は仕事を辞めた。

車を売り払い、知り合いから行動力の高いバイクを買った。

かなりの時間乗っていなかったので乗り始めは少々不安だったが、アップバンドル、集合管、前後17インチと一通りやってあり、

パワフルだがとても乗りやすかった。

カワサキGPz900R。 通称ニンジャ。

これから暫くの相棒だ。


妻の復讐など考えている訳ではない。

ただ真実が知りたかった。

それから四年間ジムに通って身体を作り、サーキットの草レース等にも通い始めた。

 

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写真 スペックエンジニアリング

この物語はフィクションです。なお、本文と画像は関係がありません。

 

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